フランツ・リスト

ピアノの魔術師

人々にピアノの魔術師と呼ばれていたフランツ・リストは交響詩の創始者とも呼ばれています。ハンガリーにて産まれた彼は、バイオリン奏者の祖父をもち、また父の手引きにより音楽の才能は幼くして持っていました。

 

10歳になる頃にはもう演奏会をひらくほどで、その後ウィーンの音楽院へ、さらに翌年はパリの音楽院でピアノを学ぼうとしましたが、パリでは入学を拒否されてしまいます。

 

その後は作曲、演奏会、弟子の育成に育みました。

 

作曲では、ラカンパネラや愛の夢が有名です。

ラカンパネラは通称「鐘」と呼ばれ、パガニーニのラカンパネラをピアノに編曲したものです。

 

この曲は今までリスト自身が何度も編曲を重ね、いくつもバージョンがあるのですが、最終改定されたものは一番主流で、高音が一定のリズムで鳴る様子は、鐘は鐘でも鈴のようなものを想像させるイメージです。

 

また、愛の夢と言う曲は、「3つのノクターン」と呼ばれ、3部に分かれています。その中でも第3番が特に知られており非常に美しい曲です。

 

この曲もまた、何度も編曲されたもので、ゆったりした主題ですが難易度が高いのがリストらしいです。

 

また、ほかにもリストは「マゼッパ」などたくさんの交響詩を生み出しましたが、その交響詩というのは簡単に言えば交響曲に、題名がついているものです。

 

リストの人生

そういった、曲を見るにあたってリストの人生が見えてきます。ちょうど若者のころ、彼の演奏会には相当のファンがいました。

 

若い女性が多く、中にはリストの演奏を見て気絶する人がいるほどでした。そのころのリストの曲は技巧に溢れ、力強くてピアノの弦を切ってしまうほどでした。

 

その後は彼はたくさんの弟子をもちましたが、それぞれの弟子は皆優秀でした。そして弟子に教えるにあたっては全て無料で教えていました。

 

練習曲で有名なツェルニーには「超絶技巧練習曲」を進呈したというエピソードもあります。

 

その後老いてきた彼の曲はかつての技巧よりも、表現豊かな曲が多くなりました。「エステ荘の噴水」などは晩年の曲で、まさに噴水が目に浮かぶような曲でした。