ベートーヴェンの有名曲

ベートーヴェンの有名曲の解説

ベートーヴェンの作曲した交響曲というと、交響曲第5番の運命や、交響曲第9番の第九合唱付きを思い浮かべる人も多いです。

 

交響曲第5番は、日本では「運命」という名称で知られていますが正式な題名ではないとされています。

 

ベートーヴェンの弟子からの質問に、ベートーヴェンが答えたことに由来されたと言われています。

 

その内容は、「冒頭の4つの音は何を示すのか」という質問に対して「このように運命は扉をたたく」と答えたと伝えられています。

 

第九

交響曲第9番は、ベートーヴェンの最後の交響曲としても知られ、日本では第九と略して呼ばれることもある名曲です。

 

ベートーヴェン自身は表題を付けませんでしたが、副題として「合唱」や「合唱付き」が付されることも多い作品です。

 

第4楽章は独唱と合唱を伴って演奏されることが多く、第4楽章の主題は「歓喜の歌」としても親しまれています。日本国内でも、年末になるとこの第九がよく演奏されることで知られています。

 

ベートーヴェンは他にも、ピアノソナタ第8番「悲愴」やピアノソナタ第14番「月光」などのピアノソナタも代表作になっています。また、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」やヴァイオリン協奏曲などの協奏曲も有名です。

 

ベートーヴェンの一生

ベートーヴェンはドイツの作曲家で、バッハなどと並んで音楽史上極めて重要な作曲家のひとりであると言われています。1770年にドイツのボンで父ヨハンと母マリアの長男として生まれました。

 

ベートーヴェンは宮廷歌手であった父からその才能を当てにされ、音楽のスパルタ教育を受けるようになりました。1787年、16歳のベートーヴェンはウィーンを旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したと伝えられています。

 

1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ドイツのボンに立ち寄ったハイドンに才能を認められ弟子入りを許可されました。

 

20歳代後半ごろより持病の難聴が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となり、40歳頃には全聾となりました。ベートーヴェンは1827年56年の生涯を終えました。